
古くはエジプト文明やインカ文明でも、天体観測が行われ、天体の運行により暦や時刻を測り、
季節など農耕等に不可欠な農業暦も作っていたという。
ピラミッドの構造やインカの天文台の跡、あるいはヨーロッパでもストーンヘンジなどの巨石遺跡の中には、
春分や秋分を観察していたことを示すような配列の構造が見られる。
のちに、海運などが発達するにつれ、星は夜間の方角を知る道しるべとしても行われた。
北極星・北斗七星は北方向を指し示す代表的な天体である。
ギリシアの古代の哲学者、タレスは天体観測にも深い造詣を持っていたことでも知られる。
天体を眺めながら夜道を歩いていて転んだところを、人に笑われて、次のシーズンの穀物の作柄を予想し、
投機で大きな儲けを上げて見せたという。
また、かなり古い時期から、生まれた時の星座の状態など天体を通して運勢を占う占星術も発達した。
天体観測の積み重ねによって天文学の進歩が行われたことも確かである。
例として、プトレマイオス朝エジプトの博物学者であったエラトステネスによって、
地球の大きさを測ることも行われた。
これは、エジプトのテーベとアレキサンドリアとの間における太陽の影の投影角度の違いを、旅人の話から知り、
テーベとアレキサンドリアとの距離を測ることによって、
地球の大きさを求めようとした最初の試みであると記録によれば考えられている(関連項目:測地学)。
天体観測が肉眼によるものから、天体望遠鏡による観測へ劇的な進化を遂げたのは、
ランダの眼鏡職人ハンス・リッペルスハイが発明した望遠鏡を応用して、
イタリアの物理学者ガリレオ・ガリレイが望遠鏡を空に向けたことが始まりであると考えられている
(関連項目:天文台、天体望遠鏡)。
また、日本でも、藤原定家の明月記に超新星SN1054[1](おうし座かに星雲)の記録が残っている。
中国では、漢王朝時代の太陽黒点の記録が残っている。
つまり、有史以来、世界各地で行われてきた科学研究である(関連項目:天文学史)。
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